ある日のトムラウシ山

参加者にグループや一人参加など様ざまだが、体力の必要な大きな山では男性が半分以上となる。男性はその多くは60歳から70歳くらい、今日の参加者最高齢は72歳。年齢だけで見ると参加して大丈夫かなと思うだろうが、この仕事をしていると年齢だけではわからないと思う。移動中にマイクをとおして上級登山者の条件みたいなことを言っていると、バスドライバーさんから横須賀さんは厳しいねといわれてしまう。そう聞こえるならそれでも仕方ないわ。登山は安全に登れてこそ趣味の醍醐味があるのだし、ツアー客とはいえ自立して登れる人になることができるよう指導することで「安全な個人山行」ができるようになって欲しい願いがある。
「私はねー遅いけど長く歩けるんですよ、自分のペースを守るのだったら下山も大丈夫です、登るのさえ遅くてもいいのだったら。」天候のよいときはそれでいいとも考えられる、ゆっくり歩きのペースだが、全部がそうではない。大きな山の場合スピードは安全登山の要素の最初に来る。
たとえば昨日のトムラウシ。朝は晴れていても10時を過ぎる頃には大雨になりそうな気圧配置と温度の、高層気象だった。午前10時前頃までにカムイサンケナイ川を渡らないと、復路で増水して徒渉は容易ではなくなる、水が怖い参加者には気の毒だし危険な状況になりうる。無論、増水したときに使うエスケープルートも知っている、ロープなど確保装備も背負ってきた。しかし基本的な危険予防策として特に今日のような不穏な天候時には“早く登り早く降りる”ことで安全に運びたかった。そのために辛いがやらねばならない朝一番の仕事は、、、、。
朝3時半に登山口に着いた、一人の女性がお願いだから連れて行ってと頼んできた。彼女は1年ぶりの昨日の登山で右の足首を挫き湿布薬を張って手当てしてあげた覚えがあった。だから昨夜の夕食どき「無理をしないで次回を考えてください」と言った。が、分かってもらえず早朝の出発について来ていた…いささかびっくり。他のメンバーと離れた場所にひっぱり「あなたには無理です、体力をやしなっていただいてからの参加だったらいいのですが、今日の天候ではご参加できません、申し訳ありません」周りの人は聞き耳をたて、聞こえた人にはなんて酷いと思うだろう。彼の女性は「介護の親を頼んでおいてきた、絶対登って帰りたい」再三の願いで食い下がられ、今日は無理と諭し私は更に強く断った。
登りはじめて1時間半、案の定カムイ天上からは山頂が見える、こんな状態で見えるということは崩れるのは必至、“6時間以内” このタイムを守ってもらうために今日は鬼にならなければ。グループの男性の一人はあきらかに反抗的だがこの人こそギリギリの体力で付いてきている。トムラウシ公園を過ぎて山頂真近となり一気に高度を稼ぐ頃、予想通り今までの晴天と打って変わって霧になり風も強くなってきた。疲労感を振り絞って山頂に到着し、一通り写真を撮り終わる頃「早く帰ろう」コールが出たくらい悪い天気となった。川を渡るまで雨に降られないよう祈りながら帰路に転倒者が出ないよう休みをこまかく取りつつ先を急ぐ。コマドリ出合いのカムイサンケナイ川を渡り終わりほっとして休んでいると雨が来た。案の定予想は的中。雨は強く「すぐに合羽をつけて」と皆に伝えるがずぶずぶとひどい降りであっという間に沢は茶色い濁流となった。ふりしきる雨の中を帰路の登りで重い足をひきずり展望のない単調な登山道をあるく、みなは重い足取りとなり歩足は落ちる。もう川を渡った遅くともいい、最悪事態は回避できた。万一増水したときの渡渉時に使おうともってきた七つ道具も使用せずにすんだ。今日の鬼軍曹のような私の歩き方はきっと皆不愉快と思っている、でも嫌われてもいいかな、わたしの仕事は山岳ガイド、命を持って還ることを優先する。多少嫌われても、命をなくさないようにピークをできるだけとるのが仕事だ。
翌朝バス移動の車中で時間に追われて登った昨日のわけを話した。大雨の予想、川の増水、渡渉の難しさ、過去の事故など。皆はシーンと聞いていた。空港で分かれるとき男性がひとり“スピードのある登山を”と言われた訳が身にしみてよく分かったと握手を求めてきた。
(2003年7月23日)
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